Interview フランチェスコ・トリスターノ

公開日 2017年06月14日

フランチェスコ・トリスターノ

2017年7月、バッハの「ゴルトベルク変奏曲」を中心とするプログラムを携え、
三鷹に3度登場のフランチェスコ・トリスターノさんに、メール・インタビューを行いました。

■ブクステフーデからバッハへ

フランチェスコさんをお迎えするのは今回で3度目になりますね。昨年は、「チャコーナ」という副題の付いたリサイタルで、ヨハン・ゼバスティアン・バッハの先達―フレスコバルディ、ブクステフーデとご自身の作品で構成されるプログラムを演奏なさいました。メインの曲目は、バッハの「ゴルトベルク変奏曲」のモデルとも考えられる、北ドイツ・リューベックの巨匠、ブクステフーデの「アリア『ラ・カプリッチョーザ』による32の変奏曲」(以下、「ラ・カプリッチョーザ」)でした。今夏はいよいよ「ゴルトベルク変奏曲」を演奏されるわけですが、今回のプログラムは昨年のリサイタルとの連続性も視野に入れている、ということでよいでしょうか?

Francesco Tristano(以下、FT) もちろんです。ブクステフーデの「ラ・カプリッチョーザ」に初めて出会った時、(スイスのドキュメンタリー映画監督、ダニエル・キュンツィ*1が僕に指摘したのですが、)僕はこの作品がバッハのBWV988、つまり「ゴルトベルク変奏曲」の青写真であると気付きました。「ゴルトベルク」が「ラ・カプリッチョーザ」の別ヴァージョンであると見なすならば、その信憑性や確実性については強い疑問の声が上がるかもしれませんね。でも、実際には「ラ・カプリッチョーザ」を構成する一つ一つの変奏と「ゴルトベルク変奏曲」の特定の変奏に関連性を見出すことができるんです。今回、三鷹で演奏するプログラムを僕も楽しみにしていますが、今年と昨年のリサイタルとの繋がりを皆さまもきっとお気付きになると思います。

■「ゴルトベルク変奏曲」との出会い

フランチェスコさんは子どもの頃からバッハが大好きで、これまでもバッハの音楽に情熱をもって取り組んできました。今回演奏される「ゴルトベルク変奏曲」は19歳で録音なさっていますね。この作品との出会いについて教えていただけますか。

FT 子どもの頃、僕はグレン・グールドが1981年に録音した『ゴルトベルク変奏曲』を繰り返し何度も聴いていました。一度も弾いたことがないのに楽譜を見なくてもこの作品をよく知っている、それくらい聴き込んだんです。この作品を習うようになったのは、確か1998年のことだったと思いますが、その年を境にグレンの演奏を聴くのをやめました。もちろん、彼の演奏は僕の心の中に生きていたけれど、自分自身の演奏解釈を磨き上げる時が来た、と考えたからです。

その録音は、フランチェスコさんが生まれた年のものですね。何か運命的なものすら感じます。グレン・グールドはご自身にとってどのような存在ですか?

FT グレンは僕にとって偉大なインスピレーションの源です。もし、彼から学んだことが一つあるとするならば、それは彼の芸術、あるいはいかなる芸術も真似をされることはできない、ということでしょう。ピアノに向かう時や作曲をする時には自分らしくあるように、ということを僕は彼から学びました。

■ゴルトベルク変奏曲の演奏―新たな取り組み、2016年に初演したGoldberg City Variations*2について

ところで、今回の来日公演では通常のリサイタル形式で「ゴルトベルク変奏曲」を演奏されますが、フランチェスコさんは昨年、『Goldberg City Variations』という新しいプロジェクトにも取り組まれていますね。私はスイス初演を拝見させていただきましたが、実に創造性とファンタジーに溢れる素晴らしい公演でした。

FT 『Goldberg City Variations』(以下、GCV)は、僕が長いこと温めてきた夢のような企画です。昨年、その夢が叶いました。この企画が実現に結びついたのは、紛れもなく友人のエドアルド・ピエトログランデ(以下、エド)のおかげです。彼と数えきれないほどの議論を重ねたからこそと言えます。エドは僕のサウンド・エンジニアですが、実は熟練した建築家でもあるのです。バッハのゴルトベルク変奏曲は音の建築です。この作品では、方程式あるいはアルゴリズムのようなものにしたがって、三つの変奏ごとにカノン*3が現れ、数学的に処理されたものが形になっているのです。「ゴルトベルク変奏曲」を(作曲家で建築家であった)ヤニス・クセナキスの「Cosmic City(宇宙都市)」に結びつけるというアイディアは、エドからの提案です。彼は、僕の脚本とクセナキスのスケッチに基づいた絵コンテも描いてくれました。これまで3都市で上演しましたが、他の自作曲と同じようにGCVも未完成の状態で発展途上にあります。今後も試行錯誤を重ね、形を整えたうえで、おそらく2019年までには完全にヴァーチャルで表現できるようになると思います。

■「ゴルトベルク変奏曲」以外の曲目について

それでは、今回取り上げる「ゴルトベルク変奏曲」以外の曲目についても少しお話を伺いたいと思います。今回は、前半に「ゴルトベルク変奏曲」を配し、後半にギボンス、ロッシ、ラモー、そして自作曲を演奏されますね。

FT 小さい頃、僕はピアノの先生に「バッハの曲と僕が作った曲しか弾きたくない!」と言いました。でも、今はもっと幅広い作品を手掛けています。実際、バッハ以外のバロック音楽やバロック以前の作品もプログラムに取り上げています。なぜ取り上げるのかというと、それは大好きな音楽であるということと同時に、まだ一般の聴衆に広くよく知られていない音楽であるからです。たとえば、ミケランジェロ・ロッシの作品をピアノで演奏した注目すべき録音はないと思います。とても素晴らしい音楽ですよ。

■9月にソニー・クラシカルからリリース予定の新しいアルバム『Piano Circle Songs』について

最近、ソニー・クラシカルと新たな契約を結ばれましたね。今回のリサイタルでは、9月リリース予定のアルバム『Piano Circle Songs』から5曲(日本初演)を三鷹で演奏なさいます。このアルバムの収録曲はすべてピアノのために書かれていて、中にはチリー・ゴンザレス*4との共演で四手の作品もあると伺っていますが、そもそも、このアルバムのプロジェクトはどのように生まれたのでしょうか?

FT 原点、つまり僕の楽器であるピアノに立ち返ろうと思ったからです。ここ最近、シンセサイザーやサンプラー、ドラムマシンといった多くのテクノロジーを用いて何枚ものCDやレコードを作っていたのですが、ある時、自分自身の原点で、仲良しの友達のようにずっとそばにいた楽器、つまりピアノに戻りたくてたまらなくなったんです。そこで、自分の両手とピアノだけを使って新しいアルバムを作ることにしました。編集(ポスプロ)も僅かに止めることにして。『ピアノ・サークル・ソングス』は、旋律を重視した(メロディアスな)新しい作品を皆さんに聴いていただきたい、という考えから生まれました。ジェイソン(チリー・ゴンザレスの本名)との共演は、彼としばらく連絡を取り合っているうちに、僕らが一緒に演奏したら、いったいどんなサウンドが聞こえてくるんだろう?ということにとても興味を持ったのがきっかけでした。実際、僕たちには共通する音楽の素地があり、すぐに意気投合しました。セッションはとても楽しかったですよ。皆さんにぜひ、間もなくリリースされるこの新しい音楽を楽しんでいただけると嬉しいです。

フランチェスコ・トリスターノ最後にメッセージをいただけますか?

FT 三鷹の風のホールは、とても純粋で素直な響きがします。再びここに戻って来られて、心から嬉しく思います。何より風のホールは、僕自身が演奏家として成長するための、日本におけるとても大切なプラットフォーム(舞台)になりました。このホールでは、自分にとって最も重要で、日本のお客さまにお伝えしたいと思うプログラムを披露できるのです。皆さん、今年もまた僕のリサイタルにぜひいらしてください!ありがとうございました。

 

脚注

*1 ダニエル・キュンツィ Daniel Künzi(1958-)
若き日のヨハン・ゼバスティアン・バッハと、北ドイツ最大のオルガニストで作曲家のディートリヒ・ブクステフーデとの出会いに関するドキュメンタリー映画『Bach rencontre Buxtehude』(2010年/日本未公開)を制作した、スイスの映画監督。20歳のバッハがブクステフーデの演奏を聴くために4週間の休暇を取り、当時自らがオルガニストを務めていたドイツ・アルンシュタットからバルト海沿岸の都市、リューベックまでの400kmの道のりを歩いたという逸話が題材となっています。(バッハはその後、無断で休暇を4か月に延長してしまいました。フランチェスコ・トリスターノはこの映画に出演し、昨年三鷹でも演奏したブクステフーデの『「ラ・カプリッチョーザ」に基づく32の変奏曲』を含む6作品と、バッハの「ゴルトベルク変奏曲」の第30変奏クオドリベットおよびアリアを演奏しました。

*2 ゴルトベルク・シティ・ヴァリエーションズ Goldberg City Variations 
バッハの「ゴルトベルク変奏曲」の数学的秩序(例えば、三位一体の象徴ともいえる「3」の数字へのこだわり、3の倍数の変奏ごとにカノンを配すこと、冒頭の32小節のアリアで主題の32音が1小節に1音ずつ割り振られていること、アリアが前半と後半の16小節ずつに均等に分けられること、冒頭と最後のアリアおよび30の変奏で全32曲から成るこの作品を第17曲にあたる第16変奏にフランス風序曲を配すことでシンメトリックな2部構成とすることなど)と建築的な美しさに着目し、20世紀の作曲家で建築家のヤニス・クセナキスが考えた『宇宙都市』のコンセプトデッサンから着想を得た企画。フランチェスコの演奏が同時にデジタル映像に変換され舞台上のスクリーンに投影され、架空の宇宙都市が出来上がっていきます。

*3 カノン canon
特定の旋律を他の複数の声部がさまざまな方法で厳格に模倣し、追いかけることによって作られる対位法的な多声音楽のことをカノンといいます。バッハは「ゴルトベルク変奏曲」において、第3変奏から第27変奏に至るまで、3の倍数の変奏ごとにカノンを配しています。先行する声部の旋律を後続する声部の旋律が決まった音程差で追いかけており、声部相互の音程間隔が第3変奏では同じ音程(同度)、第6変奏では2度、第9変奏では3度、という具合に広がっていき、第27変奏では9度になります。
*二つ以上の声部の旋律を、それぞれの声部が対等に独立性を持つように作曲する方法

*4 チリー・ゴンザレス Chilly Gonzales(1972-)
ピアニスト、プロデューサー、ラッパー、アクター、フィルムディレクターなどさまざまな顔を持つ、カナダのモントリオール出身のエンターテイナー。フランスの女優で歌手のジェーン・バーキンやアイスランドを代表する世界的シンガーのビョークをはじめ、錚々たるアーティストからその類稀なる才能が支持されています。2014年に最優秀レコード部門を含む主要5部門でグラミー賞を受賞したフランスのエレクトロ・デュオ、ダフト・パンク Daft Punkのアルバム『Random Access Memories』(2013)にも参加。特定のジャンルにとどまらない幅広い音楽性を活かした、ユニークな演奏活動を特徴とするアーティストです。

 

協力:株式会社ユーラシック
インタビューおよび翻訳:大塚真実(公益財団法人三鷹市スポーツと文化財団)

フランチェスコ・トリスターノ ピアノ・リサイタル 公演ページ
→ https://mitaka-sportsandculture.or.jp/geibun/wind/event/2017022000145/