インタビュー 沼尻竜典

公開日 2017年10月31日

沼尻竜典インタビュー

紫綬褒章受章および第25回三菱UFJ信託音楽賞について

沼尻さん、この春は紫綬褒章の受章、おめでとうございます。また、先日も、2017年3月に滋賀県立芸術劇場びわ湖ホールで沼尻さんが取り組まれたワーグナーのオペラ『ラインの黄金』が、第25回三菱UFJ信託音楽賞を受賞されましたね。

 ありがとうございます。嬉しいことは重なるんですよね。

日本とドイツの現場を行き来する中で見えてきたこと〜日本での経験、ドイツでの経験〜

滋賀県のびわ湖ホールでは2007年より芸術監督、さらに2013年からはドイツのリューベック歌劇場音楽総監督という要職に就き演奏活動を続けられています。内外の二つの劇場に軸足を置きながら、各地で行われるオペラの上演、コンサートの指揮者も務めていらっしゃいます。さまざまな現場で見えてきたことの一端をお聞かせいただけますでしょうか。

 色々な国や場所で仕事をすることが増えてきたので、さまざまな状況に素早く対応できるようになった気がします。また外国でのオペラでは多国籍なキャスティングが多いので、ものすごくコンセプトをはっきり打ち出して、それをやらせるまで粘らないといけない。日本の現場の打ち解けた雰囲気が、ヨーロッパにいると懐かしくなることもあります。制作や技術の面では日本の方が優れていることも、実はたくさんありますしね。

仲間と共に創り上げる音楽──トウキョウ・ミタカ・フィルハーモニアの音楽

三鷹での沼尻さんの定期公演も、既に75回を数えました。この20数年間の三鷹での演奏活動を通じての沼尻さんの思いをお聞かせいただけますでしょうか。

 このオーケストラは、皆で相談しながら音楽を作っています。普通はもう少し効率を重視して、例えば有名な交響曲だったら、指揮者の振るとおりに短い練習でサッとやるか、あるいは普段オーケストラがやっているものに指揮者が上手く乗って本番に臨むということが多いのですが、よく演奏される名曲であってもここではきちんとリハーサルの時間を確保しています。普段はプロオーケストラに所属して活動している人にとっても、いつものレパートリーを新たに勉強しなおすチャンスでもありますし、私にとっても新しいアイディアを試してみたりする機会になっています。ここでやっていることは、確実に自分の中で栄養になっているという実感があります。メンバーが定期的に集って、お互いが三鷹以外のところでどんなことを吸収してきたかを披露しあうことは、とても刺激的です。昔からのメンバーは今や各オーケストラの音楽的な中心ですし、逆に忙しすぎて三鷹に来られなくなった人たちもいるわけですが、日本のオーケストラ界に三鷹のオーケストラが与えた影響も結構大きいのではないか、と思っています。

昨年から行っているリハーサル見学会では、指揮者とメンバーで活発に議論しながら和気あいあいと練習している様子が楽しい、とお客様にとても好評です。

 演奏しているほうも楽しいです。特に3月に演奏したドヴォルザークの『新世界』などは、日本中の各オーケストラが年に10回以上は演奏しているような曲ですけれども、オーケストラによって色々な弓使いや習慣があるわけです。ですからここに来ると普段自分のやっている方法が、他のオーケストラでは全く違うことがわかったりするのですが、それはとても新鮮な体験です。時には他のオーケストラの人たちと弾くことで、表現の引き出しも増えるのです。

沼尻さんにとって、トウキョウ・ミタカ・フィルハーモニアとは?

 「音楽が一番大事にできる環境にあるオーケストラである」ということですね。給料制でフルタイムのオーケストラでは、音楽以外のことにも多く時間を取られます。組合と事務局の交渉、練習環境の整備、オーディションのやり方の議論とか。しかし、ここでは音楽だけに集中できます。練習が全て演奏会場と同じホールでできるので恵まれていますし、憩いの場といったら語弊があるかもしれませんが、メンバーにとっても貴重な時間になっていると思います。

名物企画-沼尻さんの弾き振りによるモーツァルトのピアノ協奏曲全曲演奏シリーズについて

ミタカ・フィル定期演奏会の名物企画は、2001年11月スタートの、沼尻さんが指揮をしながらピアノを弾く、モーツァルトのピアノ協奏曲全曲演奏シリーズです。ピアニストと指揮者が別々の時とは異なる難しさがあるそうですね。

 指揮者がいればピアニストが多少テンポを動かしてもオーケストラには付いてきてもらえるのですが、指揮者がいないと、あまり勝手には動けないですからね。実はステージ上ってソロを聴きやすくはないんです。しっかりとしたテンポで弾かないといけないので、練習も必要です。

沼尻さんの弾き振りは、ここ、三鷹でしか聴けませんね。

 あえて他ではやらないようにしています。もう15年続けているわけですが、自分はピアニストとして一年中ピアノを弾いているのではないので準備も大変ですし。演奏会の1か月ほど前からリハビリ(?)を始めて、指をちゃんと動くようにして。年も取ってきたから昔ほど簡単に指も動かないし。残りの十数年きちんと続けられるように頑張ります。難しい曲は初期にやってしまったので、その戦略は良かったなと。ただ、10番台のコンチェルトがこんなに難曲揃いということは予想していませんでした。昨年演奏した17番、18番、19番などは、いざ弾いてみたら意外と難しいのでびっくりしたんです。このあたりの作品は実際に取り上げられる機会が少ないですから、初めて弾いたというベテランプレーヤーも多かったですね。モーツァルトの場合は交響曲もそうですけれども、後期の作品が演奏されることが多いですから、「耳なれない作品が実は意外と名曲だった」という発見が、このシリーズの一つの大きな成果だと思います。

三鷹から、室内オーケストラの魅力を発信!

最後に、メッセージをお願いいたします。

 トウキョウ・ミタカ・フィルハーモニアは、ホールの大きさにあわせて結成されたオーケストラなので、ホールの響きにぴったり合っています。専属のオーケストラを作ろうという中小規模のホールが全国的に増えてきましたが、やはりここでの私たちの活動の成果が評価されたことによって、そのような動きが広がっているのかと思います。市民が普段暮らしている生活圏の中にホールがあって、オーケストラがいて、そこのメンバーがジュニア・オーケストラの指導をし、小中学校でのアウトリーチ活動もする。日本では地域に密着した質の高い音楽活動という面がまだまだ弱いので、ホールがオーガナイズする機動力のあるオーケストラの需要が、今後ますます増えていくでしょう。三鷹市芸術文化センターは、既存の企画を買ってくるのではなく、ホールが知恵を絞って自主制作したものが全体的に多いことでも知られています。このようなスタイルももっと全国に広がって、それぞれのホールが個性を競うようになったら、世の中はより面白くなりますね。

インタビュー:音楽企画員 大塚真実


トウキョウ・ミタカ・フィルハーモニア 第76回定期演奏会
 2018年3月11日(日) 15:00開演
 三鷹市芸術文化センター 風のホール