中川優芽花(ピアノ)《インタビュー》

公開日 2025年09月09日

中川優芽花(ピアノ)《インタビュー》
ピアノは2歳上のお姉さんの影響で始められたそうですね。

最初に通ったピアノ教室では、日本人の先生に習っていました。生徒をコンクールに出させるような本格的な教室だったので、ピアノにかける時間はおそらく趣味としては多かったと思います。

日本の音楽教育のシステムについては詳しくありませんが、ドイツの場合まずはプライベートで習うことが多いですね。先生によっては本格的に指導するところもあります。私はその後、ロベルト・シューマン音楽大学のジュニアコースに入りました。教授を通じて本格的なコンサートに出演する機会をいただいたり、国際コンクールに挑戦するようになったりしたのはそこからです。

 
ジュニアコースでのレッスンの特徴は?

教育システムの違いもあるかもしれませんが、日本では先生が「こう弾いて」とおっしゃったら、そのとおりに弾くことが多いように感じます。私が当時師事していたシューマン音楽大学の教授は、子どもの自立心を育てるような教え方をしてくださいました。たとえば、幼い子どもだとレッスンに親が付き添うこともありますよね。でも、それを敢えて「離してみましょう。レッスンは一人で来なさい」と。

 
親御さんがそばにいないと、子どもは親任せにせず、自分なりに先生の話を理解しようと努めますね。

こうして少しずつ自分なりに考えて音楽に向き合い、取り組むようになっていったんだと思います。ジュニアコースではクラスの仲間たちと遊んだり、一緒に時間を過ごしたりできたのもとても楽しかったです。

 
先生がおっしゃることに対して、「私はこう弾きたい!」という思いが出てくることはありましたか?

私はもう最初からそうだったんです。「私はこう弾きたい!」という気持ちがとても強かったんです。全然“いい生徒” じゃなかった(笑)。先生方に「ごめんなさい」って言いたいくらい、とても頑固でした。先生が新しいことをいろいろ教えてくださるのに、それが嫌で泣いてしまって(笑)。すると先生が姉に声をかけて、レッスンを交代してもらっていました。恥ずかしい話ですが、本当に自我の強い子だったんです。

 
当時、大好きだった音楽や作曲家はいましたか?

そこまでピアノにのめり込んでいたわけではありませんでした。自分から弾きたい曲をレッスンに持っていくこともありましたが、先生から出された課題(曲)を学ぶことを通じてその音楽が好きになる、という感じでした。小さい頃はとにかく感覚で弾いていることが多かったと思います。音楽の良し悪しについても、当時の自分にはまだちゃんと分かっておらず、なんとなくやっている、という感じだったと思います。

 
シューマン音楽大学のジュニアコースを経て、その後、イギリスのロンドン(イギリスで最も古い専門音楽学校The Purcell School for Young musician)に留学されたそうですね。

ロンドンに留学する前に、実はピアノをやめようと思っていました。普通高校に通っていたので、学校の勉強とピアノの両立は本当に難しいと思っていて。朝8時から夕方5時までずっと学校にいて、そこから宿題もあって、さらにピアノの練習やレッスンもある。ピアニストになり、それを仕事にして食べていきたいのならば、どのくらいのレベルが求められるかということもなんとなく分かってきていたんです。テクニックも含めて、できるだけ早いうちに身につけておく方がいいと。そういうことを考えたうえで「ああ、自分には無理だなあ」と思ったんです。国際コンクールに出ている方々の演奏も本当にすごくて、「これは敵わないなあ…」と圧倒されていました。

でも、その後、ある講習会に参加した時にその思いは変わりました。偶然、ピアニストの海老彰子さんに話しかけられたのがきっかけです。私の演奏を聴いてくださった海老さんから、ポジティブなコメントをいただいたのです。「ワールドクラスの先生が、そうおっしゃってくださるなら、自分の演奏もそこまで悪くないのかも」と思えて、勇気をもらいました。それで、「もう一度ピアノにチャレンジしたい」と決心し両親に相談し、イギリス(パーセル音楽院)に留学させてもらいました。

 
現在はドイツ中部、テューリンゲンの州都、ワイマールで学ばれていますね。詩人のゲーテやシラー、作曲家ではバッハやリストが住んでいた歴史的な街で暮らしていて、日々感じていらっしゃることは?

いっぱいあります。ワイマールはデュッセルドルフとはまったく雰囲気が違います。自然が豊かで、とても落ち着いた街です。自然の中で音楽を聴きながら歩いていると、同じ曲でも聞こえ方がまったく違うんです。環境が変わると、感じ方も変わるんだなと思いました。それから、ワイマールではたまに時代劇のような撮影も行われていて、そういった光景に出会うこともあります。モーツァルトの時代より少し後くらいかな…時代は定かではありませんが、馬車が用意されていたり、出演者がみな昔の衣装を着ていたりして、まるでタイムスリップしたような感覚になります。街としても、なるべく昔の姿をそのまま残そうとしているようです。石畳の道は歩きにくくて足をくじきやすいのですが、そういうところにも歴史を感じられて面白いです。

また、大学(名門、フランツ・リスト音楽大学)の建物は、階段を上る時に木がミシミシってきしむんです。天井が高くて、木のぬくもりを感じる空間に、古い窓。そういった環境で練習できるのもまた、本当に特別なことだと思います。そういう場所にいるだけで、湧いてくるインスピレーションがまったく変わってくるんです。

 
ワイマールでは普段どのように過ごされていますか?

よく周りの人に「おばあちゃんみたいな生活してるね!?」と言われます(笑)。ふつうに起きて朝ごはんを食べるのが苦手なので、そのまま学校に行って練習して、一度帰宅してお昼を食べて…家で少し練習するか休憩して、また学校へ。夜は少しゲームで遊んで寝る、みたいな感じで…そんな日々がだいたい一年中続きます。冬になると編み物をよくします。おばあちゃんぽいものが結構好きなんです(笑)。街に娯楽もあまりありませんし。

 
街の空気感は、ご自身の演奏スタイルに多かれ少なかれ影響を与えているのでしょうか。

かなり変わったと思います。都会では常に何かしらの音が鳴り続けていて、たとえば車の音だったり、雑多な音が絶えず聞こえてくるんですよね。そうすると、なかなか自分の思考に深く入り込めないことがあって。でも、ワイマールはとても落ち着いているので、心からゆっくりできるというか、自然と精神が整っていくような時間が持てるんです。そうした環境が、自分の音楽性にも良い影響を与えてくれた気がします。演奏も、以前よりもう一段深まったように感じています。

 
ワイマールでグリゴリー・グルズマン先生に師事しようとお決めになったきっかけは?

母が「あの先生はあなたに合っているんじゃない?」と推してくれて、それで決めました。とてもいい先生です。

 
世界中のさまざまな国から参加する講習会にも積極的に参加され、国際舞台に出られている中で印象に残っている出来事は?
中川優芽花(ピアノ)

まず講習会ですが、これは(自分が)大きく変わりますね。「人間って、こんなに違うのか⁈」という新しい発見があります。それぞれの価値観の違いがそのまま音楽にも表れていて、気にするポイントがまったく違うのです。先生によって話す言語も違えば、音のアクセントのつけ方や、左右の全体的なバランスの取り方もまったく異なっていて。そんなにすごい先生のすぐ真横で自分が弾けるというのがまず、貴重な経験です。

コンサートで聴くのももちろん大切ですが、私たちが音楽をする時って、基本的にピアノの前に座って(ダイレクトに?)生音を聴いているじゃないですか。つまり、(ホールの)アコースティックが加わっていない状態の音です。だから先生の演奏を真横で聴くと、「あ、こんな音の出し方をすれば、ホールではあんなふうに響くんだな」とか、音が空間でどう変わっていくのかがすごくイメージしやすくなります。そういう発見があるのは、本当に大きいと思います。

一方、コンクールは音楽的な面でも成長があると思いますが、それ以上に人間としてすごく成長できる場であると感じています。あえて過酷な状況に自分を置くことで、ベストを尽くしたくなるし、自分の限界に挑戦することにもなります。「これ以上やったらダメかも」という自分の限界を知ることもあるし、精神面や体力のコントロールの仕方を学ぶ機会にもなります。まさにアスリートになったような気分です。自分のことをより深く理解できるようになる機会だと捉えています。

 
これから続く演奏活動にも活かされてきますね。

はい、活かされてきます。人間としてとても大きな糧になっていると感じています。

 
ところで、三鷹での初めてとなるコンサートについてお聞かせください。今回ご用意いただいたプログラムは、モーツァルトとショパンで構成されています。いずれもお好きな作曲家であると、他のインタビュー記事で拝見しました。

モーツァルトとショパンには、どこかあい通じるものが あるなと思っていて。両者には少し似ているころがあるような気がしますが、モーツァルトは楽観的で、ショパンはどこか悲観的な印象があります。聴いていただくにもちょうどよいかもしれません。なよなよ、くよくしているショパンの後に、モーツァルトの明るい曲が入ると、耳が洗われるような感覚になるんですよね。(とはいえ、)どちらも心と耳の癒しみたいな存在だなと思います。

 
モーツァルトは、初期のソナタと晩年の作品をそれぞれ2曲ずつ選ばれていますね。

モーツァルトが歩んだ人生を…というと大げさかもしれませんが、音楽がどう変化していったのかを、自分なりに探ってみたい気持ちがあり、この選曲にしました。晩年の作品は、ポリフォニー(多声音楽)が増え、少し複雑になってきているという印象もあります。私自身もとても楽しみにしているプログラムです。

 
4曲聴いていただくと、モーツァルトのスタイルの変遷がわかる、という構成ですね。

気付いてくださって嬉しいです!

 
そして後半はショパンの作品ですね。マズルカとノクターン、そして《英雄ポロネーズ》。マズルカとポロネーズは、どちらもポーランドの踊りを起源とする音楽ですが、中川さんの演奏映像を拝見していて、リズムの特徴を感じると同時に、自由で即興的なニュアンスもあり、とても楽しいのです。つい繰り返し観てしまいます。このあたりは意識して演奏されているのでしょうか?

はい、意識しています。マズルカについては、私もすべてを弾いたわけではないので、自分がこれまで触れてきたものの範囲でしか語れないのですが……。やはり、Charakterstück(性格的小品)という側面が強いと感じています。また、しっかり「A-B」のように構成が分かれているので、その違いをうまく工夫して表現しなければ、と思って取り組んでいます。

 
昨年行われた浜離宮朝日ホールでのリサイタル、そして今年行われたエリザベート王妃国際コンクールの予選、ショパン国際コンクール予備予選での映像を拝見して、いずれもメロディを大きなフレーズの中で歌うように、語りかけるように弾いていらっしゃったのが印象に残っています。普段から実際に歌って練習されているのでしょうか。

はい、歌って練習しています。そうすると弾けるようになるというか、実際にできるようになるんですね。留学先のイギリスでは声楽を学び、室内合唱団にも参加していました。歌うのが結構好きなんです。声楽の先生にもいろいろ教わりましたので、おそらくそういった経験が、今すごく活きているのだと思います。これは今でもずっと悩み続けているのですが、レガート(各音を滑らかに一続きに演奏すること)やライン(音の繋がり)、フレーズをどう出すかというのは、ある程度計算でできるんです。たとえば、どこからどこまでをひとつのフレーズにするかとか、一番大事な音はどこか、山をどこに置くか、どれくらい山を作るかとか。音のつながり、関係性の中で、(各)音の優先順位をつけて強弱で表現する、というようなことはできますが、そうするとフレーズがすごく人工的になってしまうんです。きれいに歌ってはいるけれども心に届かないというか。なんだか「きれい」で終わってしまう。だから私の場合は、結構歌いながら練習して、自分の息の量だったり、発声の仕方だったり、どういう音を出すかを考えながら弾いた方が、結果的にはうまくいきます。

先生もとても厳しくて、よく「Don’t pronounce all the alphabet! (すべてのアルファベットを発音しないで)」とおっしゃいます。つまり、一音一音を機械的に同じ大きさ、抑揚で弾いてはいけない、ということなんです。歌と同じように、発音の仕方や、どの単語にアクセントを置くかを考えます。作曲家が「この言葉、この音を強調したい」と思って書いている部分では、音楽も自然とそこを強調していることがあるので、単に「音を大きく、小さく」といった表面的な表現ではなく、できるだけその意図を汲んで表現できるように心がけています。

 
歌を思わせるようなピアノ演奏はもちろんのこと、中川さんの演奏では、音色の多彩さやみずみずしさ、そしてハーモニーの美しさがとても印象的です。演奏の中で、音と音の重なりや移ろいをどう捉え、どのようなことを意識してハーモニーを生み出しているのでしょうか?

ハーモニーは、その時々によっていろいろなものとして見えたり、感じたりします。たとえば、音が「色」に見えることもありますし、感情として感じることもあります。風景のように広がって見えることもあれば、絵のように捉えられることもあります。ダンスならば、ステップのようにリズムや動きとして感じることもあります。本当に曲によって違ってきます。

また、同じ和音であってもその下にあるバスがどうなっているかで印象が大きく変わります。たとえば、Cメジャー(ハ長調)の(主)和音なら、その下にあるバスがドなのか、ミなのか、ソなのか──どういう風に和音が分散されているかによって、ハーモニーに危うさが出たり、どっしりとした安定感が出たりします。そういった違いを一つ一つ丁寧に聴いて、感じ取るようにしています。練習では、そういう細やかな部分を大切にしています。突然サプライズのようなハーモニーが現れることもあります。それに対しては、まずそれをしっかり理解するようにします。どの音を強調するか、どういうタイミングで出すかを繰り返し試しながら決めていきます。

とはいえ、本番の演奏は、まるで「日替わり定食」のようなところがあって(笑)、ピアノの状態や響きによっても、出せる音が変わります。それによって、音色も変わるので、「このピアノでは自分が求める音がこういう音色でしか出せない」ということもあります。だからこそ、経験を積み重ねることが大切なのだと思っています。

 
コンサートの準備と並行しながら、10月に行われるショパン国際ピアノ・コンクールの本選も控えていらっしゃいますね。

正直、ハラハラしています。焦りもありますが、それは自然な感情だと思います。直近にコンサートが控えている場合は、一番大切なのはコンサートです。そちらに重きを置き、自分の演奏への満足度に応じて練習の配分を変え、調整しています。ただ、詰め込みすぎて練習を進めてしまうと、音楽が人工的になり、息づかいが失われてしまうんです。窮屈に感じるようになるんですね。ですので、いったん“休ませる”。すると音楽に“息”が戻ってくるような気がして、それが面白いんです。そうやって練習に余裕を持たせると、インスピレーションが湧いてきたりもします。そういう時はコンクール用の練習にも取り掛かります。

 
パンを作る時に、生地を冷蔵庫など低温の環境でゆっくりと発酵させる方法があります。これによって生地の旨味が増し、風味豊かなパンに仕上がるのですが、それに似ているかも…

確かにそうですね、本当だ!今、私発酵モードだ。発酵期間に入ったなってことですね(笑)。

 
本当に“美味しいショパン”になるって感じかもしれませんね。ところで、後半のショパンの選曲についてお聞かせ願います。

ショパンの――たとえばマズルカやワルツ、ポロネーズといった――ダンスの曲が好きなんです。ダンスとしてのリズムがあり、ステップの軽快さもありながら、歌心にあふれていて。ワルツ、マズルカ、ポロネーズは、表現の仕方も、ステップの踏み方も全く異なります。それがとても面白いです。それぞれの違いを自分でもしっかり理解したいと思って、今回はマズルカを入れてからポロネーズへという流れにしました。ワルツは今回のプログラムにはちょっと合わなかったので入れませんでした。

 
踊りを意識した選曲でいらしたんですね。中川さんの演奏からは、音楽を奏でることへの深い思いが自然と伝わってきます。ご自身を音楽に駆り立てる原動力は何でしょうか?
中川優芽花(ピアノ)

やはり、音楽が「好き」という気持ちが原動力になっていると思います。凄い演奏に出会うと「どうしてこんなことができるんだろう…?!」と心を動かされて、無性にピアノを弾きたくなります。実際にコンサートに足を運んでさまざまな方の演奏に触れたり、最近はたくさんの曲を演奏させていただけるようになったので、CDなどの音源を聴いたりもします。そんな中で、「音楽って本当に素晴らしいなあ」と感じることが増えました。それがいつも次に進む(前に進む)力になっている気がします。

楽しいお話をたくさんお聞かせくださり、ありがとうございました。三鷹のお客さまにメッセージをお願いいたします。

チケットをご購入いただき、ありがとうございます。皆さまとお会いできるのを、今から楽しみにしています。当日に向けて、今回のプログラムを丁寧に練習して、しっかり準備していきます。

 
2025年7月 インタビュアー・構成・写真:大塚真実(当財団 音楽企画員) 協力:オフィス山根
 
中川優芽花ピアノ・リサイタル