公開日 2017年07月13日
劇作家・演出家の土田英生(つちだひでお)が、過去に発表した自作をリライト(再創作)し、
自身が望んだ俳優と創りあげる「土田英生セレクション」。
その第4回となる『きゅうりの花』は、地方の過疎化による後継者の不在や嫁不足、
閉鎖的なコミュニティーの問題など、20年近く前に書かれた
とは思えぬほど、今日の日本の姿が見事に描かれている会話劇です。
公演を前に、出演の加藤啓(かとうけい)さん、金替康博(かねがえやすひろ)さん、千葉雅子さん、
そして、作・演出・出演の土田英生さんに、お話を伺いました。
「土田英生セレクション」は、『―初恋』『燕のいる駅』『算段兄弟』と続いて4回目となりますが、
今回、この『きゅうりの花』を選ばれた理由を教えてください。
土田 『きゅうりの花』は、1998年に、富山県の利賀村の演劇祭に招かれた時に作った作品で、その後2002年に再演したのですが、初演も再演もとても好評で、ありがたいことに良い印象しかない作品です。ですから劇団の公演としては、すべてやり尽くした感じもあったのですが、作品として純粋に読み返してみると、初演や再演の時よりも年齢設定を上にして上演したら、渋みのある『きゅうりの花』を作ることができるんじゃないかと思い始めまして、今回、この作品を選びました。
初演の時の思い出を聞かせてください。
土田 利賀村に下見に行ったら、富山県の山の中で、お店もほとんどなくて、さらに会場は古民家のようなところで。このシチュエーションにふさわしい作品は何だろうと考えたんですね。実は、利賀村に行くまでは、コンビニエンスストアの話にしようと思っていたんですが、利賀村にはコンビニがひとつもなかった。ここでコンビニの話をしても誰の共感も得ないだろうと(笑)。あと、古民家の中にコンビニのセットを作るのもちょっとどうかと思ったので(笑)、古民家をそのまま活かせる設定を、と考えまして、過疎の町の話にしました。
そこから、作品の構想は、すぐに膨らんだのでしょうか?
土田 ええ。実は今までで一番、脚本の完成が早かった作品です。
金替 確かに、早かったですね
土田 きっちりと作品作りに取り組もうと、初めて、ノート一冊分のプロットを立てたんです。そうしたら、シュッと書けたんですよね。
最近はその方法はとっていらっしゃらないのでしょうか?
土田 そうですね……(笑)。プロット作りって、割とね、準備が大変なんですよ……。あぁ、だから最近筆が遅いのかな……(笑)。
金替 実は僕は、この作品がMONOの劇団員になって初めて出演した作品だったんです。ただ、以前にもMONOには出演していたので、新しく劇団員になったという緊張感はなかったんですけど、「利賀フェスティバル」への参加ということには緊張したのを覚えています。
土田 僕ら以外の参加者の皆さんが、とにかく大物だったんですよ。僕らもゲストとして招かれてはいたんだけど、他のゲストは野村萬斎さんと、レニバッソで。「なんで俺たちがここに」って感じで(笑)。演劇祭の企画で、ゲストトークとかあったんですが、野村萬斎さん、レニバッソの北村さん、そして私。しかも司会が平田オリザさんで、もうどこを向いても大物の中に小物がポツンって感じで(笑)。
金替 お客さんからも、先鋭的な芝居を見てやろうという空気がすごく感じられて。
土田 だってお客さんに面と向かって「普通の演劇ですね」って言われましたから(笑)。
それは、全国から集まった、演劇通の方の発言ですよね?
土田 確かにそう言う人もいましたけど、地元の方もかなり演劇に詳しくて。勝手な想像ですけど、その利賀村の方にとっては、演劇と言えば“テレビ”と“前衛的な舞台”のどちらかだったのではないか、と(笑)。「笑いが取りたいんですか?」とか言われましたもん(笑)。「まあ、多少は……。」とか答えたりしましたね(笑)。
2002年の、再演の時はいかがでしたか?
金替 東京公演が、すごくウケたなという印象がありますね。今回も同じようにウケると思っていると痛い目に合うかもしれないので(笑)、気を引き締めて臨みたいなと思ってます。
土田 追加公演とかもしたりして、劇団の公演としては、かなり成功した舞台でしたね。
『きゅうりの花』は、地方の過疎化や親の介護の問題、そして嫁探しや閉鎖的なコミュニティーの問題など、20年近く前に書かれたと思えぬほど、今日的な問題が見事に描かれていますが、この作品に込められた思いを教えて下さい。
土田 僕は昔からずっと、人が人に排他的になるということが気になるんです。例えば最近テレビでは、外国人が「日本は素晴らしい」とか「日本人はすごい」とか言っている番組が多いように思うのですが、その番組作りの視点って、裏返すとそこには排他的な意識が流れていて、狭い世界の中だけで自己満足しているということの一例のような気がするんです。相変わらずネットの世界の炎上とか、いじめの問題も無くなりませんし、そういう時代に、「他人を受け入れる」ということがとても必要だなと感じていて、その思いが自然と浮かび上がってくるような舞台になればと思いますね。
それでは、今回の再々演、それぞれの役どころを教えて下さい。
土田 加藤啓さんは「過疎の町なので嫁探しが大変で、役場が企画するお見合いパーティーなどにも積極的に参加するんだけど、なかなか上手くいかなくて……」という役どころです。そこに、離婚してバツイチになった昔のマドンナが出戻って来るんですが、その役を内田淳子さんにやってもらいます。彼女には大きな子供がいて、その子も連れて戻ってきたんですが、加藤さんが演じる男は、そのマドンナのことが昔から好きで、「一人に戻ったのなら、自分となんとかならないか……」という、少し寂しい男の役です。加藤さんは、比較的明るめの役を演じることが多いように思いますが、舞台上で、ふと寂しげな表情を見せることもあって、そうゆう一面も素敵だなと思っていたんです。でも彼自身が、私の作品のような、いわゆるストレートプレイには興味がないだろうなと思っていた。で、昨年かな、偶然お酒を飲む機会があってお話をしたら「ぜひ、出演したい」と言ってくれて、「じゃあやろうよ」ということになりました。
加藤 最近あまり会話劇に出ていなくて、すごくそういう芝居に出演することを欲していたんですよ。いろんなジャンルの芝居があって、もちろんそれぞれ楽しいんですけど、なんていうか、演劇したいなと(笑)。戯曲をやりたいなと(笑)。MONOの芝居はずっと見ていましたし、大好きでしたから、お話をいただいた時は「よし、来た!」と。で、残念ながら、僕は初演も再演も見ていないのですが、知り合いの役者、例えばヨーロッパ企画の本多君とかは過去の『きゅうりの花』を見ていて、「加藤さん『きゅうりの花』出るんですか。無茶苦茶いいですねえ。羨ましいなあ。」とか言われて。とにかく初演・再演の評判がいいので、僕が出る今回がつまらなかったと言われるわけにはいかないですし、気合が入ります。頑張る所存です(笑)。
土田 千葉雅子さんは、土田英生セレクションには欠かせないというか、過去三回のうち二回出演してもらっていて、僕自身とても信頼を寄せている女優さんなので、今回もぜひにと思って声をかけました。正直に言うと、もともとの『きゅうりの花』には、千葉さんの適役はなかったんです(笑)。ただ、今回少し年齢が高く、渋みを増した「きゅうりの花」を作る構想が膨らんだ時に、千葉さんに出演してもらうことは、非常に有効だなと思い当たりまして。千葉さんの役は、前回までは「若い奥さんが田舎の暮らしに憧れて、自分で望んで、旦那の実家で姑らと同居を始めるものの、なかなか田舎に馴染めず、姑ともうまくいかず……」という設定だったんですが、今回は、金替くんが演じる旦那と、「東京で結婚をしていたが、旦那の会社が上手くいかなくなったので、東京の家を引き払い、旦那の実家に住むことになる」という設定にしようと思っています。そして、姑や小姑にいじめられて悩むということで。千葉さんは、いじめられる役が似合うので(笑)。
千葉 なるほど(笑)。とにかく、土田英生セレクションの第1回目の『―初恋』(2010年6月/三鷹市芸術文化センター)で声をかけてもらった時は、私自身ちょっと道に迷っていたというか、割といつも同じような演技をしているなと悩んでいた時期だったので、土田さんに出会わなければ、きちんとした演技をすることもなく死んでいたんじゃないかと(笑)。いや大袈裟でなく、その感謝の気持ちを忘れずにいるので、今回もまた声をかけてもらったことが本当に嬉しいし、再び私の演技に風穴を開けてもらえたらなと思います。あとは、過去2作品で、なぜかいつも「イケメンの若い男の子と恋をする」という、実生活とかけ離れた役だったのですが(笑)、今回も金替さんと夫婦役ということで、恋愛させてもらえるんだなと嬉しく思っています。
金替 僕ですみません(笑)。
千葉 いえいえ、光栄です(笑)
土田 二人はね、僕が脚本を書いたテレビドラマ『斉藤さん』でも、夫婦役で出演してましたからね。もう何かね、その続編のような感じで(笑)。
加藤 スピンオフですね(笑)。
土田 千葉さんに関しては、何にも心配はしていないです。問題はセリフを覚えられるかどうかだけ(笑)。最近ね、「昨日は言えたんですけど」とか、もうなんて答えればいいか分からないようなことを仰るので(笑)、頑張って覚えてほしいなと(笑)。
千葉 言い訳も甚だしいですね(笑)。土田さんの稽古場はとにかく明るくて、土田さんご自身が全体を盛り上げて乗せてくださるので、毎回楽しくやらせていただいているのですが、それを自分の劇団でも真似してみたいなぁと思っても、なかなかできることではなくて。とにかく土田さんの、役者さんやスタッフさんへの気配りはすごいなぁと、いつも思います。だから、稽古場で知らず知らずのうちに「演出する土田さんを観察している」ようなところがあったのですが、土田さんの一座をまとめる力の素晴らしさは十分わかったので、今回はもう純粋に、役者と演出家として向かい合えたらと思います。決して言い訳をせずに(笑)。
金替 MONOのメンバーは、土田さんの演出に慣れすぎてしまっているので、千葉さんが仰っているのを「そうなのか!?」と思いながら聞いていました(笑)。いやもちろん土田さんの言う事はちゃんと聞いているんですよ、聞いているんですけど、流していると言うか(笑)。
土田 僕は、外部の公演でも自分の劇団でも、全く同じなんですけどね(笑)。
金替 そう言われると確かに、サービス精神が旺盛だなぁとは思いますけど。
土田 なんていうんですか、「笛吹けど踊らず」というか……ねえ(笑)。
そして内田さん、諏訪さん、神田さんがご出演になります。
土田 内田淳子さんとは、つきあいは長いんですけど、僕の作品にきちんと出演してもらったことはなくて。彼女も加藤啓さん同様「僕の芝居には出たいと思わんやろなあ」と勝手に思ってたんですけど、やはり去年偶然話をした時に、彼女のほうから「一回、ちゃんと土田さんの芝居に出てみたい」と言われて「えっ、本当に?」とビックリして、「じゃあやろうよ」と(笑)。あれ、なんか今回、そうゆうのが多いですね(笑)。「じゃあやろうよ」的な(笑)。
千葉 私が最初に参加させてもらった時もそんな感じでしたし、今でも毎回、その思いは変わりませんね。
土田 そうかあ、なんか見えてきました。今回のテーマは「じゃあやろうよ」ですね(笑)。
加藤 素晴らしい!
土田 あと諏訪君は、昔MONOの作品に出てもらったことがあるんですが、ノリもいいし、面白くて明るい性格なんだけど、ちょっと物の見方が俯瞰的というか、物事をとても冷静に眺めているなぁと感じていたので、少し嫌味な役をやったら面白いんじゃないかと思ってたんです。で、『きゅうりの花』のキャスティングを考えていた時に、この芝居の登場人物の中の“ちょっと理屈っぽい男”の役に、ちょうど合うなぁと思っていたら、これまた去年偶然会った時に、彼が「土田さん、また何か一緒にやりましょうよ〜」と言ってくれたんで、「じゃあやろうよ」と(一同爆笑)。
加藤 出た!テーマ!(笑)。
土田 神田聖司君は、今回の『きゅうりの花』で、さらに過疎化の進んだ町を描くにあたって、1人若いイケメンがいたら面白いだろうなと思いまして。出演にあたっては、何人かの若いイケメンの俳優さんに集まってもらって、ワークショップ形式のオーディションをしたのですが、とにかく彼は素直な演技をしていた。芝居の経験はほとんどないらしいんですが、勘どころが良いので、「じゃあやろうよ」と(笑)。
金替 今のは無理矢理ですね(笑)
千葉 土田さんと喋っていると、どんどん気分が乗ってくるし、土田さんのようなチーム作りやムード作りができる人を、私はほかに知らないです。そういった、出会った皆を楽しくさせる「土田味」は、ここでしか味わえないと思うし、先程土田さんは、他人を受け入れることが大事と仰っていましたが、その土田さんの思いが、しっかりと滲み出る芝居になると思いますね。
加藤 僕も、人づてには「演出家土田さんの、稽古場でのパフォーマーぶり」は耳に入っていたのですが(笑)、「稽古中、演出家が一番芝居をしていて、一番面白い」と(笑)。それを味わうのがとても楽しみだし、この数時間だけでもこんなに「土田味」が味わえているのに、稽古が始まったらこれが毎日だなんて、いったいどんなんだと(笑)。だから「じゃあやろうよ」の言葉で面白いものが生まれる時ってあるんだなという予感を、素直に感じていますね。そしてその予感は、一見ただの当たり前のことのように思えるけれど、実は奇跡的な事なんだろうなと思います。知り合ってから長いのに、土田さんの演出する舞台に初めて出演するというのも、それがベストのタイミングのように思えてきますし、だから稽古も本番も大事にやっていきたいですね。
金替 初演も再演も出ているのですが、今回、久しぶりに脚本を読み返してみたら、純粋に面白かったです。ただ、それと同時に、実は演じるのがなかなか難しい戯曲だなとも感じたので、20年前の自分はちゃんとやれてたのかなって(笑)。
土田 俺も思ったんだけど、この脚本、今ぐらいの年齢でやったほうが、いいんじゃないかと感じるんだよね。
金替 だから今、同じ役をもう一度やれるのが、本当に楽しみで仕方ないんですよ。
土田 振り返ってみると、あの頃は、ちょっと背伸びして演じていたなぁと思うところもあるので、身の丈にあってきたというか、今なら無理をせず自然体で演じられるんじゃないかと思いますね。嫁探しの話も、前回までの「三十代前半」の設定よりも、今回のほうがより切実で重い年齢で描かれるわけで、だから年齢を上げてこの物語を書くことで、より奥行きというか、深みが感じられると思っているんです。特に今回は、主役もできるし脇役でも光るという、信頼できる役者さんばかりに出演していただけるので、渋めの、クオリティーの高い芝居を、全力で作りたいですね。
では、最後にお客様へのメッセージをお願いします。
金替 初めてご一緒する人が多いので、楽しくやろうと思っています。そして、その楽しい雰囲気がお客様に伝わるような芝居ができたらいいなと思います。よろしくお願いします。
加藤 脚本も役者さんも素敵だし、今こうやって皆さんと喋れば喋るほど、これはきっと面白くなるという予感しかしないので、ぜひ観に来てほしいなと思います。僕自身、力の限り頑張ります。
千葉 先程、MONOの劇団員の金替さんが、「台本を読み返して純粋に面白かった」と仰っていた姿に、まずは感動しました(笑)。私の劇団では絶対に無いことなので(笑)。まぁそれだけ、深くてしっかりした作品に出させてもらっているというありがたさを十分に噛み締めながら、この脚本の素晴らしさをお客様に伝えられるように頑張ろうと、身の引き締まる思いでいます。よろしくお願いします。
土田 もちろん、どの舞台も毎回一生懸命やっていますが、今回は特に、本当に完璧な芝居にしてやろうと思っています。「これだ!」と、一切の妥協なく胸を張って、「観て下さい」と言えるものを作りたいと思っていますので、どうぞよろしくお願いします。
本日はありがとうございました。
インタビュアー 森元隆樹(当財団 演劇企画員)
2017年4月24日 墨田区の古民家にてインタビュー