公開日 2018年07月12日
フラメンコ・ギターとの出会い
カニサレスさんは、ご家族がフラメンコを演奏する環境でお育ちになったそうですね。ギターを始められたきっかけは?
──6歳の時のクリスマスに、両親が子ども用のギターをプレゼントしてくれたのがきっかけです。9歳年上の兄ラファエルが既にギターを弾いていたので、(ギターへの)興味は自然と芽生えていました。もちろんまだ子どもでしたから、将来プロのギタリストになろうとは考えていなくて、純粋に楽しむため、おもちゃとしてギターを弾いていました。
実際にはどのようにフラメンコ・ギターを学ばれたのでしょうか?
──フラメンコというのは、伝統的に父から子へ、子から孫へと語り継がれるものです。私の場合は、既にフラメンコ・ギタリストとして活動していた兄から手ほどきを受けたのですが、ある程度基本的なテクニックが身に付いた段階で、カセットテープを聴きながらさまざまな曲をコピーするようになりました。音楽院で勉強するようになったのは、9歳の頃です。ギターを学ぶというよりも「クラシック音楽を学ぶ」ためでしたね。
将来、ご自身でクラシックの作品もアレンジし、演奏されるようになるわけですが、その頃にはまだ?
──水面に浮かんだ葉っぱがどこに流れ着くかわからないように、自然の流れで(ギターを)やってきたので、最初からああしよう、こうしようと考えてきたわけではありませんでした。
カニサレスさんは13歳で出会った“フラメンコ・ギターの神様”パコ・デ・ルシアを筆頭にジャズやロック、クラシックなどあらゆるジャンルのアーティストとの共演を重ね、従来のフラメンコ・ギタリスト像を新たに塗り替えていらっしゃいます。さまざまな音楽活動を展開する中で、フラメンコの見方に変化はありましたか。
──フラメンコに何か新たな貢献をするとしたらどんな可能性があるだろうか、ということが自分の中で変化してきたように思います。ピーター・ガブリエル、マイケル・ブレッカーを始めとする偉大なミュージシャンとの共演を通じて、音楽のさまざまな見方や多様なアプローチの仕方を学んできました。インプットしたものをどのようにアウトプットしていくのか、「小さな砂のひとかけらかもしれないけれども、フラメンコにどのような貢献ができるのか」ということに対して、色々なアイディアが蓄積され具現化されていったように思います。
最新アルバム『洞窟の神話 El Mito de la Caverna』
それが、今回日本ツアーに先駆けて8年ぶりにリリースされたフラメンコ・アルバムに繋がるのですね。
──まさにその通り。それまでの経験をフラメンコにどのように反映させていこうかと考えた末にできたアルバムです。作曲する時は、常に何か新しいことを一つでも、砂の一粒でもいいからフラメンコに貢献したいと考えているので、そう仰っていただくのはとても嬉しいです。まさに何をどのように貢献するのか、というところのバランスが難しかったです。例えば、フラッシュの光が強すぎると写真が駄目になってしまうように、フラメンコの伝統の中に全ての光を持ち込んでしまうと、フラメンコの良さが失われてしまいます。そのバランスの取り方に一番気を遣いました。
まさに「光と影」のバランスですね。
──そうですね。
新しいアルバムを何度も繰り返し聴かせていただきました。伝統的なフラメンコをベースにカニサレスさんのイマジネーションの翼がどんどん自由に大きく広がっていく音楽、その素晴らしさに圧倒されました。これまで手掛けてこられたすべてが有機的に溶け込んでいる、という印象を持ちました。
──「有機的」という言葉はとても嬉しいです。このアルバムは、サラダのように色々な野菜を寄せ集めたというよりも、さらに消化して一つのかたちになって完成させたものであると思っているんです。
カニサレスさんはどのようなプロセスを経て作曲されますか。伝統的なフラメンコの形式をふまえ、フラメンコ以外の音楽から得たものを結びつけて新しい音楽を作る、というイメージでしょうか。
──そう―例えば、ソレアという形式の曲を作曲する時は、まずソレアのモードになり、その上で何か生まれてくるものがソレアの曲となって紡ぎだされていく、というイメージです。あるふと浮かんだメロディが、あとからこれはソレアにはまるなということもありますが、基本的には作曲しようとする形式を決めてからそのモードになり、作っていくという感じです。伝統を知って、その上で自由な作曲をするためには、フラメンコの形式それぞれの特徴を理解していなければなりません。例えばクラシック音楽で言うと、メヌエットとソナタが違うものであるように、ソレアとシギリージャは違います。それぞれのモードになる―比喩的な表現ですが、そのような状態になった上で作曲してくことが大切です。
さまざまな性格を持ち合わせた音楽が勢揃いしたアルバムですね。カニサレスさんならではの唯一無二の世界。「フラメンコ」の従来のイメージを見事に拡張させていらっしゃる、そんな印象を持ちました。
──可能性を広げるという意味では、例えば、フラメンコは伝統的にある調で始まると転調することなく同じ調で終わるのですが、今回具体的にどんな変化を加えてみたかと言いますと、色々な曲において「転調している」んですね。フラメンコの音楽で転調するのは極めて珍しいことで、それが自然なかたちでできたように思います。例えば3色しか使っていない絵画があったとして、そこに新しい別の4色を使うことで複雑で味わい深い絵を描くことができる、というようなイメージと言えるかもしれませんね。ハーモニーにおいてさまざまな音使いを試みたことで、フラメンコの可能性を広げたという解釈ができるのではないか、と考えています。
凄腕揃いのクインテット
ところで、フラメンコは、カンテ(歌)、バイレ(踊り)、トーケ(ギター演奏)の三つの要素から成るといいますが、今回はカニサレスさんが「小さくても完璧な編成」と仰るクインテットでの来日ですね。メンバーの方々をご紹介いただけますか。
──それぞれがソリストとして活躍する実力の持ち主です。まずアンヘル・ムニョスですが、彼は自分の舞踊団も持っていて、世界各地で公演をしている実力派のバイラオール(男性の踊り手)。振付もするし、パーカッショニストとしても評価の高いアーティストです。チャロ・エスピーノ、彼女は振付にも定評があるバイラオーラ(女性の踊り手)で、カスタネット奏者としても高く評価を受けています。フアン・カルロス・ゴメスは、ソロアルバムも数多く出している注目のギタリストです。ホセ・アンヘル・カルモナは今回新たに加わったメンバーです。歌い手でありアルバムもリリースし、作曲もする多才なアーティストです。
カニサレスさんは常々「フラメンコは言葉である」と仰っています。実際の演奏も、メンバー間で交わされるさまざまな会話を目にしているようでとても面白いです。どんなに美しい音色、香しい音色、心を鷲掴みにする歌があっても、いいリズムに乗らなければ、それは会話として聞こえてこないですよね。
──5人で音による会話を紡ぎだす際には、それぞれの気持ちが同じレベルでないといけません。お客様がわざわざ劇場まで足を運び楽しみにしてくださっている中で最高の演奏を提供するには、5人の気持ちが一つになることが大切だと思っています。もちろん公演の演目は事前に決めて、入念な練習とリハーサルを重ねるのですが、予め決められた内容であっても、その日、その会場にしか生まれない即興的な対話が必ずあります。それはお互いの気持ちが最高潮になった時に、きっと自然と生まれてくるもの、一つ一つの音を大切にしながら演奏していくことで、生まれてくるのではないかなと思います。
さらに客席のバイブレーションが加わると・・・
──お客様のエモーションと私たちの音楽が一体となり、マリアージュする(幸福な結びつきをする)と、最高にいいものが生まれます!その日の公演が良いものになるかどうかは、そこに懸っているとも言えるでしょう。皆さんもぜひ気持ちの上で私たちの演奏と一体化して参加してください。
私たちもお客様と一緒に9月のコンサートを楽しみにしています。ありがとうございました。
カニサレスさんは、時折文学的な比喩を交えつつお話しされるご様子がとても印象的でした。パッション(情熱)と洗練された知性、研ぎ澄まされた美意識、広い視野を兼ね備えたスーパー・ギタリストのクインテットにご期待ください!
協力:株式会社プランクトン インタビュー:音楽企画員 大塚真実